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1997年1月〜3月の50日間 ヨーロッパ上級編&トルコ進出
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この春大学も卒業し、夢の社会人になる(私にとっては無収入の学生より 収入があってオン・オフのはっきりしている社会人のほうがよほどいい)。 大学時代だけでヨーロッパに7回も往復して、今やヨーロッパはちょっと埼玉から 横浜に出かけてくるぞみたいな感覚だった。そして、もっとサバイバルなことが あればいいのになんて思いながら大学時代を締めくくる旅に出かけたのだった。

<ベルギー>
今まで何度もサベナベルギー航空を利用していながらブリュッセルに降り立ったのは 今回が初めて。降り立ったのが土曜?だったからか、街の中心に行っても「日曜の日比谷」 状態であまりに人気がなかった。地下鉄の駅も車内も、本当にみなどこへ行っちゃったんだろう と思うくらいの人の少なさ。「さび・わび」がブリュッセルの第一印象である。
翌朝YHで朝食をとった後、街に出かけた。まずは街の中心「グランプラス」に行ったけど 日曜で小鳥マーケットが開かれていた。かわいい小鳥がたくさんいて、子供達がたわむれて いた。やっと活気のある風景に出会えた。グランプラスはブラッセルの中心でありながら、 中世の建物に囲まれていてタイムスリップしたような気持ちになれる場所である。市庁舎や 美術館もここにあって、街の人が散歩したり憩いの場のようだ。
さあ、ベルギーといえばムール貝ということで、私達はグランプランのある建物の地下にある レストランに入った。ガイドブックにムール貝がおいしいと記載されていたレストラン。早速 ムール貝をワインで蒸したものをオーダーしたのだが、どんぶりに山盛り、、、。友人と二人で ひとつを頼んだけど、途中でしつこくなってしまって食べきれなかった。 なんだかこのムール貝のしつこさで急に日本茶か麦茶が欲しくなってしまい、到着2日目にして ホームシックにかかったのであった、、、。
このベルギーにはまた1ヶ月半後に戻ってくることになっている。ここを拠点にオランダに行くためだ。 今回面白いところもあったけど、どうもベルギーは私のお気に入りにはならなそう、、、です。

<ギリシャ〜トルコ>
ベルギーからアテネまで4時間のフライト。寒い寒いベルギーだったけど、アテネという南欧に降りたつと 同じ2月とは思えない気候であった。セーターは厚くてシャツ1枚でいいという感じ。そして、この暑さの せいだろうか、南は本当に陽気だなあと思う。空港の人も、市内の人も、、。まず、市内の人手はブリュッセル の数倍!?そして音も。話し声、笑い声、車のクラクション、、、とにかくやかましい。そして何よりの助けは 物価の安さ。南ってどうしてこういう特徴があるのでしょう。
アテネの空港から市内までは、渋滞もあるのでバスで約1時間。でも、値段は80円ぽっきり。バスの運転手は 陽気で、運転に集中していると思いきや道を歩いている若い女性を見つけるとすぐにわき見運転。すかさず 愛想をふりまいていた、、、。陽気なんだか単なるアホか、、、。
そうはいっても暖かく陽気で物価が安いのは旅行者にとってもは嬉しい。アテネで宿泊することにしたYHも 4人部屋で1000円くらいと格安だった。
さて、暖かいとはいえアテネも冬。でも、ここまで来たらやっぱりエーゲ海クルーズなんてのもしてみたいよね と早速友人と街の旅行代理店に相談にいった。クルーズというと高いからエーゲ海をお船に乗るだけでも いいや、それだったら何かあるでしょう、、、と気軽に構えていたがどこの代理店にいっても、 「冬のエーゲ海は荒い。風も強い。船はゆれるぞ、、、」とのことでほとんどお断りモードって感じ。 せっかくだけど船に酔うのもやだな、、、でもここまで来てエーゲ海にいけないのも、、、。ということで 私達は早速電車に乗って海辺の地域まで向かったのでした。エーゲ海というよりは港町、、、で 一応海に手をいれて、、、あ〜これがエーゲ海か、、なんて感動して一応諦めたのでした。
アテネではパルテノン神殿や博物館を見学。パルテノン神殿は結構な丘の上にあるので ちょっとした山登り。途中のおみやげ物屋の攻撃をまぬがれながらいい汗をかいた。 あれだけの喧騒の中にいたが、丘の上に上りアテネを見ると不思議と静かな街に見える。 あの女性の笑い声、車のクラクション、、、喧騒は何もなく静かな街がたたずんでいるという雰囲気だ。
さて、ここアテネからイスタンブールへどう行くか。飛行機かバスかという選択。私達は格安のバスを選んだ。 所要時間は16時間だが、アテネ以外のギリシャの光景も見れてよかろうと思った。とはいうものの、バスは 夜アテネを出て翌日お昼にイスタンブールへ到着するという時刻表。早速バスに乗り込んだが2階建ての バスにお客は数名。私と日本人の一人旅の男の子、香港人の2人組の女の子、ギリシャ人、トルコ人。 アテネを出発して数時間、いい眠りに入ったが途中寒くて起きてみるとバスが同じ場所にずっと止まっている。 休憩にしては長いし、、、だんだん冷え込んできた。おかしいなと思っているとギリシャ人の女の子が英語で 「このバスはエンストして、今代わりのバスがアテネからこちらに向かっているのよ」。え〜故障!? アテネから向かっているって、、、時計を見るともう出発して8時間くらいたっている。ということは8時間待つのか、、、。 寒い中朝がやってきて、待つこと7時間バスが来た。今までは2階建てバスなのに今度はマイクロバス。 これに乗り換えさせられギリシャから国境に走り始めた。国境でトルコ人の乗客が降りたと思うと、またバスを 乗り換えろとのこと。今度は普通のバス。国境でもう夕方。イスタンブールにはいつ着くんだろう、、、。

<トルコ周遊>
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イスタンブールに真夜中の12時に到着。路面電車は既に最終がいってしまっており、 仕方なくブルーモスクまで歩くことになった。このソフトとはいえイスラームの国を女性 2人歩くのは危険、、、同じバスに同世代の男の子がいたので一緒に行くことにした。ブルーモスク のすぐ近くに行けばYHがある。空いていればいいけど、、、結構寒い。
幸いYHは3人部屋が空いていた。なので男の子も一緒に泊まろうということになった。 は〜疲れたと思って寝たかったが部屋は凍えるばかりに寒く、おまけに早朝5時ごろは コーランの放送が鳴り響き、朝のシャワーはお湯が出ず、、、苦しい旅だ。仕方なく、 YHのシャワーがだめなら外で入るぞ!とトルコ式風呂のハマムに向かった。
日本人なので特に抵抗もなく素っ裸になり、一応タオルで体を隠してはいたけど 係りの人に呼ばれここに寝るようにと言われるや否やタオルは取り上げられてしまった。 素っ裸のまま上向きにされただけで恥かしいのに、否応も無くゴシゴシ体を洗われる 自分、、、最後には石鹸で髪を洗われゴワゴワになってしまった。おまけに洗ってくれた 人はプロレスラー並な体格の女性。文句は言えない。
イスタンブールはアジアとヨーロッパが交わるところ。ボスポラス海峡クルーズではアジア側と ヨーロッパ側の両方に行くことができる。私達も1時間のクルーズに参加。港では面白い食べ物も たくさんあった。まずムール貝にライスをつめたもの。港のいたるところで20円で売っている。なかなか おいしい。それと名物さばサンド。おいしいと感じるかまずいと感じるかでその先の旅が変わるという。 私にとっては結構塩がきいてておいしかった。トルコ料理は非常においしい。世界3大料理のひとつだ ということは後で知ったが、トマトをふんだんに使うこと・ライスをよく食べること・カレーのようにスープ ご飯の類が多いことから日本人に本当によく合う。癖もないし、おいしい料理が大衆食堂で数百円で いただけるのだ!私は今までここでならと思っていたイタリアよりトルコ料理をお薦めする。
さて、トルコはイスラム国家だが、厳しくは無い。だから女性も黒い布で覆っている人はほとんどおらず、 スカーフのようなものをちょっと頭にかけている程度だ。ただ、街にはやはり男性が多い。だから 外国人の女性にはみんな興味深々だ。よく声をかけられるし、マーケットでもちょと話そうよと チャイを出されたりする、とってもおもてなしを愛する国家だ。
さて、イスタンブールのYHに大荷物を預け、カッパドキアの現地解散ツアーに参加。夜行バスで カッパドキアへ向かった。カッパドキアは内陸の村。寒さはいっそうだった。ただ、奇怪な岩石 が雪をかぶった光景はなおさら情緒深くて趣があった。ツアーでは早速奇岩の並ぶ街を散策した。 途中村の子供達と出会った。穴のあいたコインは珍しいらしく、5円玉をあげたらとても喜んでいた。 しばらく歩くと地下都市にたどり着いた。この地下都市は地下8階建てともいわれていて非常に 複雑によくできている。入り口から続く通路はとても暗く狭いが部屋にたどり着けば案外広い。 地下都市を作ったのにはいろいろな説があるが学校や礼拝堂もありさながらひとつのビルだ。 礼拝堂から想像できるように、キリスト信者がアラブなどの宗教から信仰を守るために作ったとも 言われている。 それにしてもカッパドキアは寒い!ホテルもまたまたエアコンの調子が悪くトルコに来てから寒い 思いをしてばっかりだ。
さて、カッパドキアで現地解散し、路線バスでパムッカレに向かった。パムッカレの宿はカッパドキアの 旅行代理店で紹介してもらい予約した。途中コンヤでバスを乗り継ぎパムッカレに着いたと思いきや、、、 どこだか分からないターミナルで降ろされた。終点らしく、みな降りていく。でも、ターミナルの名前は パムッカレではない。。。不安に思い、予約をしてくれたカッパドキアの旅行代理店に電話をしてみると 「君たちは隣町のターミナルにいるんだよ。今迎えに行くように頼むからちょっと待ってろ!」とのこと。 しかし、迎えに来てくれるとはいえお互い顔も知らないし、ターミナルは結構人が多い、、、。どうやって 会えるんだろう。日本人であることが一番の証拠になるけど、友人と私はもっていた紙に自分達の 名前をペンで書きそれをプラカードのように掲げてもつことに決めた。30分くらいすると「Are you Kana?」 と迎えの人がやってきて無事に会えたが、お手製のプラカードを見て大笑いされてしまった。。。
パムッカレは石灰棚で温泉のわきでる場所として有名。翌日早速石灰棚を見に行ってみようと丘を 登った。石灰棚は草津白根山の湯釜のように白い水のものだった。水は温泉で暖かいので 現地の人が水着を着て休んでいたり子供がプール代わりに遊んでいた。石灰棚は丘のてっっぺんに あり流れ出しているので丘の地表も長年かけて白く染まっていて不思議な光景をかもしだしていた。 私達もとりあえず跣になって、しばしトルコ式温泉を楽しんだ。
さて、パムッカレから乗合バス(バスではない、窓なしマイクロバス!?)を道路で広いバスターミナル に到着。ここから今日はエフェソスに行く。エフェソスまでは数時間。そこで遺跡を見学して、その日の夜行バス でイスタンブールに戻る予定にしている。ターミナルで少し時間があったから、靴磨きの少年に靴をみがいて もらったりして時間をつぶした。エフェソスにはローマ遺跡が残っておりローマのポンペイ遺跡などよりも 見ごたえがある。実際、図書館や円形劇場など立派な形で残されていた。遺跡はひとつの都市になっていて 都市生活に必要な施設がほぼ全てそろっていた。教育から娯楽まで、、、。ローマ時代って本当にすごいですね。 ローマ帝国の遺跡は遠くトルコでも、そしてアフリカにも残されているというのですから大帝国です。 遺跡を見終えて帰ろうとしたところスコールのような大雨が降ってきた。急な大雨で道路で立ち往生していると 一台の車が止まった。街の中心まで乗せてくれるという。今から考えれば非常に危険だったけど、 そのときは雨で身動きがとれなかったので乗ってしまった、、、。幸い本当によい方だったので、 エフェソスの街できちんと降ろしてくれた。でも、チャイでもということになってその方の経営する カーペット問屋に行くことになった。ここまでくると、な〜んだやっぱりカーテン目当て?って思うかも しれないが問屋は一般客には売ることはできないから見るだけだよとのことで売りつけたりしなく、 本当によいお方だった。そこで数時間もくつろいでしまい、おまけにイスタンブール行きの夜行バス 乗り場までまた送ってもらってしまった。 夜行バスでイスタンブールに5日間ぶりに戻った。相変わらず港はにぎやかでトルコのポップス音楽の テープを売っていたり、食べ物を売っていたりと活気づいていた。私達はおいしいトルコ料理に舌鼓を うち明日からの旅へスタミナを蓄えたのだった。

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