<チュニジア>
チュニジアへは直行はないため、かつての統治国フランスを経由してゆくのが
基本的な行きかたである。パリからチュニジアの首都"チュニス"へは約2時間あまり
で到着する。今回のチュニジアは年末を利用してツアーに一人で参加したのだが、
行き場所が行き場所なため、一人で参加している方が10人以上もいらっしゃった。
その数人とは4年経過した今も仲良くさせていただいており、チュニジア同窓会を実施している。
そして、縁とは面白いものでそのメンバーの一人の保母さんが、今私の甥っ子が保育園で
お世話になっているのである。
<チュニジアの印象>
モロッコに既に行ったことがあって、マグレブはアルジェリアを除けば同じような感じだろうなと
思っていた。モロッコと比較すると、ローマ遺跡が顕著な形として今も残っており、道路を走っていると、
ローマ橋や円形劇場などが普通に残されているのを目にする。遺跡は多く、中でもカルタゴは有名。
モロッコよりも街が整然としていて偽ガイドもいなくなかなか治安がよかった。食事もイスラムだが自国
で生産している赤ワインをはじめ、海のものが豊富でおいしく楽しむことが出来た。街の風景も、チュニジ
アンブルーといって有名な青が建物にきれいに使われており、雑然とした感じはあまりなかった。モロッコ
と同じように、街のいたるところにモスクがあり、低層な建物が多いのでミナレットが教会の尖塔のように
街の空に堂々たる権威をもってそびえていた。ところどころにそびえたつモスクのミナレットを見ると異国情緒
にかられ、自分が今イスラムの世界にいるということを強く思わせてくれる。
<チュニス〜ケルアン>
パリからチュニスまで約2時間、チュニスに着いたのは正午過ぎだった。やや発展途上の国は
いつも入国に時間がかかる、、。チュニスも同様、入国するのにかなり待たされた。
押されたスタンプはアラビア語だけで、理解できたのは入国した今日の日付だけ。でも担当の
お役人は明るい方で、入国しただけで握手してくれた。
待っていたバスに乗りこみ、まずはチュニス湾に面したレストランで昼食となった。
イスラム国家とはいえ、だいぶ外国人にはあまい国なので、そのレストランにはチュニジア特性の赤ワイン
が置いてあり好奇心で飲んでみると結構美味だった。最近外国人観光客が増えてきたので、
名物として赤ワインを作ったらしい。
今日はケルアンまで行くのだが、途中の車窓には手付かずのローマ遺跡(ローマ橋)が残っていたり、道路
脇に遺跡の一部が忽然と残っていたりで、こんな歴史的建造物をただで触って見ることができる
なんてすごいと感じた。ケルアンに到着したのは夕方だったので、モスクだけ見学した。
モスクは今までもいくつも見たことがあるが、これほど観光客が誰もいなくゆっくり見ることができる
のは初めてだった。手洗い場(トイレではなくお清めのための)では、水の流れるところに対して
傾斜がついていて水が残らないようになっていたりとさまざまな工夫がされていた。
モスクの中では数人の教徒が礼拝をしていた。イスラムの礼拝を見ると信仰の深さというものを毎回
感じるのだが、モスクの外では子供達がサッカーを楽しんでいた。イスラム教徒の場合、特に女性にカメラ
を向けるのは非常にタブーで、イスラム国家では写真に非常に気を遣うのだが、子供達はその反対。
カメラを向けると我先にと駆け寄ってくる。子供達の笑顔は毎回宝石のよう。チュニジアの少年は
サッカーが大好きのようで、チュニジアはアフリカでも結構強豪のようだ。
今日の宿はケルアンだが、ちょっと湿っぽく暖房もあまり効かず、またシャワーのお湯もぬるくて
冬の寒さには非常に厳しい一泊となった。。(トホホ)。
<ケルアン〜スベイトラ〜トズール>
ケルアンを出発し、一路スベイトラへ向った。スベイトラではオプションで「山のオアシスツアー」
なるものに参加した。4WDの車に3人で乗り、スベイトラの街から山のほうへと向った。ディズニーランド
のビッグサンダーマウンテンの景色のような茶褐色の小高い山の中の街であった。一応、人が何人か
住んでいるようで集落もあった。本当に感想した地帯だが、その中にチョロチョロと小川が流れており
小川沿いには少しだけ草木が生えていた。これがオアシスらしい。
オアシスから戻り、トズールのホテルに到着した。今日の宿は昨晩と比べれば豪華なホテルだったのだが、、、
夜中ホテルの隣にあるテーマパーク(チュニジア歴史館みたいなもの)に出かけたのだがそこで
いきなり停電が起きた。テーマパークも真っ暗になってしまいどうしようか途方にくれたのだが
他の人がライターを持っていたので、その光だけで何とか外に出た。ホテルに戻るとホテルも停電していて
この街全体の電気が切れてしまったらしい。飛んだハプニングだったが、ホテルに残っていた人は
なおさらだ。中にはシャワーを浴びていた人もいて、びっくりして外に飛び出したらしい。やっぱり
ここはチュニジアなんだなあ、、、ってよく分からないけれど!
<トズール〜ドゥーズ〜マトマタ>
今日は、サハラ砂漠の入り口の町であるドゥーズに行くのだが、途中蜃気楼を見ることができた。
チュニジアもチュニスが都会なだけで、後は荒涼とした360度地平線が見えるほどの光景か砂漠かと
いう感じ。蜃気楼を見たのは360度平地の中の一本道をバスで走っているときだった。何もないはず
の地平線のかなたに、あたかもビルか何かがたっているようなのを感じた。私は向こうに都市がある
のかと思ったのだが、ガイドは蜃気楼だと教えてくれた。
ドゥーズへ行く途中、ショットエルジェリドという塩の湖に立ち寄った。湖といっても水があるわけではなく
塩である。ここだけは大地が茶色ではなく白い。昔海だったところが大陸になったとき、塩が沈殿して
このようになったのだと聞いた。塩はところどころ塊を作り、それが塩の化石としておみやげとして
売られていた。塩は結構沈殿して塊を作ると美しく、また形も同じ物はないくらいいろいろなものが
できるので、宝石のようだとしておみやげとして人気なのだそうである。
ドゥーズに到着して昼食を取ると、早速簡単なサハラツアーに参加した。欧米人は結構サバイバル好きで
10日間くらいの本格的なサハラツアーに参加するようだが、私は砂漠で生活する体力は全くないので
2〜3時間のツアーで十分。早速、ここから砂漠がはじまるという地点でツアーを申し込んだ。
ドゥーズは小さな街だが、砂漠の起点から砂漠側は確かに何もない砂の大地が続いていて、さながら
砂の海のようだった。ツアーがはじまると、まずらくだが何頭も置いてある場所へ連れて行かれた。
一人づつ、お気に入りのらくだを選び、そのらくだに乗って砂漠ツアーへ出かけるのである。
どのらくだも同じに見えたが、一応その中でもかわいらしく見えたらくだを選んで砂漠へ出かけた。
らくだに乗るのは2度目だが、案外高さがあって、ゆれも多いのでお尻が疲れる。私の友人などは
高所恐怖症ということで、らくだには乗れないと断り3時間のツアーずっと砂漠を歩いていた。
3時間あまりのキャラバン隊を終え、宿へ。実は、このマトマタには穴倉を売り物にしたホテルがある。今夜、そのホテルに宿泊したのだが外は寒いというのに、やはり中は快適な暖かさだった。
<マトマタ〜エルジェム〜スース>
今日はマトマタへ。マトマタはベルベル人の住む町として有名。ベルベル人は多民族から身を安全に
保つように穴を掘って家を建築していた。マトマタではこの穴倉住居を見ることが出来る。
私たちもある穴倉住居に住むベルベル人のお宅を訪問した。家は地面より下に位置しているので敵には
見つかりにくい。地下であり、かつ穴倉の中に住んでいるのだからなおさら敵には見つかりにくい。
訪問したお宅にはベルベル人のおばあちゃんが待っていた。おばあちゃんは、ヘナで髪を赤茶色に
染め、イスラムの女性と同様に手の平に黒い模様をつけてなかなかおしゃれだった。穴倉住居にはエアコンなど
の文明機器はないが、暑いときは涼しく快適、寒いときは逆に暖かく快適と昔ながらの知恵が生かされている
ようだった。
<スース〜カルタゴ(シディ・ブ・サイド)〜チュニス>
シディ・ブ・サイドは海岸に面した街で、ヨーロッパ風の白い造りの家にチュニジアンブルーが
美しいお洒落な街である。チュニジアンブルー以外にも、竹で作った鳥篭で有名。街の商店街は
鳥篭を売るお店でいっぱいだ。是非買っていきたいが持ち帰るのは少々大変だ。それにしても、
シディブサイドはアフリカというよりお洒落な南ヨーロッパという感じがする。この日は晴天で
チュニジアンブルーが空の色と同じくらい青々としていた。白い建物とチュニジアンブルーの青が
まぶしいほどの太陽で地中海に反射している。まるでギリシャのどこかの島に来たような雰囲気も
するくらいだった。
この後は、チュニスへ戻った。昨日くらいからイスラム圏ではラマダンに入っており、到着した
夕方には街中は誰もいなく静まりかえっていた。ちょっと街へ買い物に行こうとも考えていたけど、
あまりに街が静まり返っているので不気味でやめてしまった。しかし、夜になると食事ができるとい
うことでまた人や車が街に戻っているようだった。チュニジア最後の夜、チュニスのホテルは5つ星
のホテルだった。