2度目のヨーロッパ周遊は、だいぶ旅慣れてきていたので日数も訪問国も
増やすことにした。出発は暑さ厳しい8月下旬、帰国は秋の風が吹き始める
10月初旬であった。
<スペイン到着〜アルヘシラス>
スペインに到着したのは夜9時近くというのに、空港から表に出るとあまりのまぶしさに
サングラスをかけずにはいられなかった。とても、夜9時とは思えない。まるで、昼の2時
みたいだ。日本人とみるや、白タクの運転手が高いお金をふっかけてきたが、今回も
1泊目は日本から空港近くのホテルに予約を入れておいた。リムジンに乗ってホテルへ
到着したときはすでに10時近かったが、まだ外は明るかった。結局夕方のように薄暗く
なったのは11時くらいであったような気がする。
翌朝、バスでマドリッド市内まで行き、簡単に観光をした。今日の夜には、スペイン南端の
アルヘシラスまで行くため夜行列車に乗らなければいけないのでそんなに時間的余裕が
なかった。しかも、昨日の長旅で疲れていたため、朝からプラド美術館脇にある植物園
でのんびりしていた。それからプラドにも入ったが、既に結構疲れており、また裏の芝生で
シエスタをとってしまった。
植物園では、初老のおじいさんにいろいろ声をかけられ、ジュースはおごってもらうわ、あちら
では挨拶のつもりなのか、、、キスを顔に何度もされて非常に参った。。。
夜、アルヘシラス行きの夜行列車に乗り込んだ。夜行は今回がはじめて。予約したベッドは、
6人のコンパートメント。私たち2人、スペイン人の女の子2人、そしてモロッコの女性とその子供
が2人だった。ベッドを早速作ったが、うまい具合に電車の座席が3段ベッドに早変わり。
シングルベッドの半分くらいの狭さで、一番上段の私は落ちるのではと心配したが、そんな
ことは全く無く、電車の快適な揺れにまかせて熟睡してしまった。
アルヘシラスはマドリッドとは全く違う雰囲気で、もうアフリカ、、、というかイスラムの香りまで
した。街にもイスラム系の人が多いし、ここはモロッコへのフェリーの船着場でこの街はそれ以外に
何もないような感じさえした。船着場は圧倒的にモロッコ人の出国者が多く、日本人の私たちは
珍しいようでじろじろ見られた。買出しの帰りか、スペインで働いて祖国におみやげをたくさん持ち帰る
のか、どの人も大荷物だった。でも、中には騙そうとする人も多く、出国カードを代理で書いてやると
もちかけられたりもした。。。出国審査のところに、なにやら怪しげな日本人がいて、「モロッコに行くの
ですか?」と話し掛けられた。何でもモロッコでひどい目にあったらしく、行かないほうがいいと説得
された。ひったくりに遭い、さらに泊まったホテルのベッドでダニにやられたらしい。。。私はかなり
心配になったが、友達はそんなことお構いなく行く気満々だった。う〜ん、何もないことを祈る。
<アルヘシラス〜モロッコ入国>
モロッコまでのフェリーは約2時間、、、地中海をアフリカ大陸へと渡る。途中、イルカの群れに出会った。
船の脇を元気よく泳いでいて、野生のイルカを思わず見れて嬉しかった。
2時間すると、どこからか「Africa!!!」という声がした。船の先を見れば、かすかではあるがアフリカ大陸が
見えた。飛行機で渡ると味わえないが、船でこそアフリカ大陸をしっかりと目に焼き付け、いよいよ大陸を
移動するのだという思いがこみ上げてきた。大陸はだんだんとはっきり見えるようになってきた。背の低い
石の平屋が何軒も建ち、モスクのミナレットが高くそびえていた。高いビルなどがないため、ミナレットは
とても象徴的に見える。
<タンジェ&フェズ>
 フェズのなめし皮工場
モロッコに到着し、入国管理を済ませて外に出るや否や、、、すごい群集に囲まれた。群集は男だけだが、
「俺がガイドをしてやる」「今日のホテルはもう決まっているのか?」「どこに行くのか」とすごい勢いだ。
この群集は、みな自称ガイドで、ホテルなどに案内してお金をもらおうというこんたんなのだ。その勢いは
あまりにすごく、とても地図を見るために立ち止まったりできない。とにかく、振り払って前に進むしかない。
ちょっと不便な国だ。。。
到着した街はタンジェという港町。自称ガイドをおいはらいがら、街の中心まできた。船で出会った日本人
数名ととにかくこちらも群れをなして歩く。ホテルはどうしようか、、、。こんなに囲まれていてはゆっくり探せ
ない。であった男の子たちは、YHに泊まると話していたが、アフリカということ、そして女性ということもあり、
私たちは2つ星ホテルで、一泊700円前後のところに宿を決めた。一人で旅行している同年代の男の子
がいたが、私たちも2人で泊まるより3人で泊まるほうが安い、、、襲われもしないだろうと部屋をシェアする
ことにした。
宿を決めてから、船で出会った8人くらいで街に出た。すでに夜7時くらいだったのでどこかで食事をすることに
した。しばらく歩いて、ちょっと怪しげなレストランに入った。メニューを出されたが、表が英語・裏がドイツ語だった。
これは絶対に怪しい、、、英語とドイツ語専用メニューなど、アラビア語(またはフランス語)専用メニューの
価格が2倍くらいなのではないだろうか。とにもかくにも、ケバブなどを注文してとりあえず夕食を食べた。
思いがけない日本人客に、レストランの人たちは喜んでいたようだ。そのレストラン(食堂のほうがいいか)は
露店だったのだが、近所の子供まで私たちの食事を見物しにきた。
食事の後、港近くのカフェでモロッコ名物のチャイを楽しんだ。頭につ〜んとくるほどの甘さだが、これがおいしい。
きっとお酒を飲まない国での楽しみなのだろう。もう11時だというのに、カフェの周りには絵を売る子供が
集まっていた。
翌日、列車に乗ってフェズまで移動。電車に乗る時間は約8時間!私たちは一応、2等に乗った。
コンパートメントでは、モロッコのちょっと優雅なファミリーと一緒だった。いろいろ話をしていると、
子供と仲良くなり、どんな勉強をしているのか教科書を見せてくれたり、学校でどんなことをしているの
か教えてくれた。きれいな教科書や洋服を見ると、リッチな身分に感じられる。少女は、私にカセット
テープをくれた。ウオークマンを持っていたので聞いてみるとモロッコのポップス音楽であった。ポップスでも
何だか曲の流れが悠久のときを感じさせるようなゆっくりとしたもので、車窓を眺めながら聞くと
都会にいるときには感じられない”ときの流れ”を感じることが出来た。
車窓はといえば、主に茶色い山と何もない平原だった。本当に何もない、、、緑色でもなくどちらか
というと茶色い大地だけが延々と続いた。山も茶色く、緑ではなかった。大地の色ってこんな色だった
んだなあと感じる。途中、たまにロバの馬車(人を乗せるための)を遠くに見ることが出来た。荷台には
20人くらいの人が乗っているのだが、近くに家は見あたらない。みんなどこから来てどこに行くのか。。。
途中の駅では、市場が広がっていたり、ホームにたばこ売りの少年がいて必死にマルボロを売っていた。
約7時間ほどして、電車はフェズの街に近づいてきた。フェズは日本でいえば京都のような旧首都の街
であるが、その旧市街が迷宮として知られている。その迷宮を見ているのか、、、電車から見えるフェズは石の
家で密集していて、それが段段になっているのでなおさら固まりに見えた。見えるのは密集した家とモスクのみ。
街がひとつの塊として見えるのは、街を外れれば大地しかないからであろう。フェズは大地の続くところに
いきなり出現したのである。
フェズでも、自称ガイドの猛襲を受けたため、ガイドブックを見ることもできず歩くしかなかった。
私たちは、また2つ星ホテルに宿泊することにした。1泊だいたい600円程度であっただろうか。
一応、室内に水洗トイレとシャワーがついていた。フェズに2泊したのだが、ここでの問題はどのように
旧市街を歩くかである。フェズは主には新市街だが、まだ旧市街が残っておりそこは世界の迷宮である。
最初、私たちはガイドを振り払って自分たちだけで行ったのだが、樹海に匹敵するほどの迷宮で、
一度入ってしまうと、路地・路地・路地・・・階段・階段・階段、、、カーブの連続で自分が今どこに
いるかが検討つかなくなってしまった。これは無理だとガイドをつけることにしたのだが、自称ガイド
ではいくらとられるか分からない。そこで、市のtourist informationまで行き、公的ガイドをお願いした。
それでも、なんと半日で一人500円!しかも、ホテルから車つきでだ。
翌日、指定の時間にガイドが来たので早速旧市街へ行った。ガイドと一緒とはいえ、見逃したら大変だ。
私たちは金魚の糞のようにくっついて歩いた。ガイドは見所をきちんと回ってくれた。私たちはどこから
来たかももう分からなくなっていたが、ガイドがいたので安心であった。印象的だったのは、なめし皮
工場。牛をなめして皮を作っているところだが、、、においがものすごくきつかった。ドイツ人観光客は
ハーブの葉っぱか何かを鼻にあてながら見学していた。他には銅製品の工場を見たり、モスクを見たり
した。旧市街では、露店もすごかったが、とにかくロバが大活躍していた。荷物を運び、狭い路地や
階段をえっこらえっこら歩いていた。他に面白かったのは、水売りのおじさんというのがいて、水を
行商していた。もちろん日本人が飲んだら大変なことになるのでトライはしていない。
フェズは大きな街なので、新市街は銀行やビルなどもあってさながら東京のようであるが、旧市街に
いったん入れば混沌とした中で、みな昔からの手法で物を運んだり売ったりしていた。
<スペイン再入国>
モロッコからフェリーで、5日ぶりにスペインに帰ってきた。アルヘシラスに到着したが、ここには
何も無い、、、かといってもう夜の7時である。バスターミナルのおじさんに、今から行くにはどこが
いいか聞くと、、、「Estepona」という回答が来た。ペンションもいくつかあるだろうとのこと。
エステポナという街のことは全く知らないが、とりあえず行ってみることにした。バスに約1時間、
エステポナに到着した。どうやら、本当に小さな街のようだ。中華料理屋が1軒あったので、そこで
夕食をとることにしよう。部屋は、、、ちょっと先にペンションがある。行ってみると部屋も空いていた。
海辺の静かな町もいいかな、、、今日はここに決めた。しかし、どんな小さな街にも中華は必ず
あるんだな、、、すごいな中国パワー。エステポナは小さな街で、翌朝は静かな地中海沿岸を散歩した。街の人数名が海で遊んでいた。のどかな街だ。家は南スペイン独特の白い家ばかり。高台にあがると、海とのコントラストが非常に
美しい。
それから私たちはマラガ、セビリアとバスを使用し、セビリア〜グラナダ、およびグラナダ〜バルセロナは
電車を利用した。宿はマラガ以外ではYHを利用した。セビリアでは有名なEl Cateoでフラン面子を鑑賞した。
1 drink付き2000円程度で有名な本場のフラメンコを味わえるのだから安い。それにしても、スペインは本当に
夜が遅い!夜の11時でも、みなカフェで夕食をとっている。スペインはランチがメインだが、そうはいっても
夕食もよく食べる。しかも、食べる時間が遅いから太る!あまり体に良くないことは、スペイン人の
体格を見ていればよく分かる。
バルセロナにいる間、モンセラートという街に一人で出かけてみた。黒いマリア様で有名のようで、
特にそれが目的というわけでもなかったのだが、ちょっと郊外に行ってもいいかなと思ったのである。
モンセラートは石の高い山があり、ロープウエーであがる。そこにあがると教会があるのだが、
そこに黒いマリアがいるようだった。実はガイドもいなかったので、これがそうなのかなと不安なまま
帰ってきたのだが、、、。
また、もうひとつ、バルセロナではストリップショーを見た。友達がどうしてもというので。。。
ストリップといっても、日本のような卑猥な印象はなく、スペインではフォーマルな服装をして
夫婦で楽しみにきていた。私たちが行ったところも、有名な劇場のようだ。
でも、結局男性のほうが最後まで脱ぐわけだが(女性はきわどいところまでしか脱がなかった)、
その全て脱いだその瞬間の観客のおばさんたちのピーピーという掛け声はすさまじかった。
しかし、慣れない私たち、、、真っ裸のまま目の前でダンスされても、どこに視線を向けていいやら、、、
非常に困った。でも、日本じゃなかなか見れないし、外国物を見たわけでこれは自慢できるでしょう。
<南フランス>
 エズより地中海を見下ろす
スペインの次は、南フランスを延々と電車で走りイタリアまで行った。途中にアルル、
マルセイユ、ニースに立ち寄った。ニース滞在中は、エズという山の上の街にも足を伸ばした。
マルセイユに行った目的は生牡蠣を食べることである。電車を降りて、まずは生牡蠣を味わうまえに
観光を、、、と近くの島まで舟で行った。船は20分くらいだが、そのゆれときたら、右端に置いた荷物が
左端まで行ってしまうほどで、20分の間に見事に船酔いしてしまった。。。とりあえず島で降りたものの
帰りにまた同じことが起きるのかと思うとそれだけでさらに気持ち悪くなった。何とかマルセイユまで
戻り吐き気もひいたので、市場で生牡蠣を探すことにした。早速見つけると、漁師の人が声をかけてきた。
生牡蠣を食べたいというと、ひとつ割ってレモンまでかけて食べさせてくれた。そのレモンの利いた牡蠣と
きたら何と美味!大きさもすごく大きくて、新鮮で!1個では物足りなかったので、それからはお金を
出して合計5個くらい食べた。お金を払ってといっても、1個100円程度だった。あまりに美味だったので
そのときは考えもしなかったが、今から思えば食あたりにならなくてよかったと思う。というのも、その後
東京の表参道の居酒屋で生牡蠣を食べ、見事にあたってしまったからである。
旅行中にあんな目に遭ったら本当に悲惨だ、、、。あたらずよかった。
マルセイユからニースに到着したのは夜10時をまわってのこと。お目当てのYHはすでに
満室で、歩いて探したホテルに一泊2000円で宿泊することにした。ニースでは破格の値段
だが、翌日から泊まったYHは何と一泊1000円。ただし、レジャーシートのようなシーツと
布団だったので、これじゃ1000円であたりまえと思った。
ニースは高級リゾートとあって、ビーチはホテルのプライベートとなっていることが多く
私たちは公共のビーチに行くしかなかった。噂には聞いていたが、本当に何人かの女性は
上半身裸だったのでびっくりした。なぜ裸なのだろう。。。つけていたほうが動きやすいと思う
のだが。ニースからは、バスに乗ってエズという街にも出かけた。エズは山の上にある街だ。
かなり高台にあるだけあって、街から見下ろす地中海は太陽に反射してその青々さが
さらに引き立っていた。エズの中心部にあるお店の脇に、「down to the city from here」
とい看板があり、山道のはじまる起点があった。。。「帰りは歩いて下山してみようか、、、」
と言い出したのは私、、、友達も賛成し、歩いて下ることにした。最初は順調で山道もしっかり
整備されていたのだが、途中から木が倒れていたり、道も怪しくなってきて、、、かなり不安では
あったが、地中海が段段近くなってくるのがせめてのもすくいだった。結局何とか下まで辿り着き、
モナコから電車でニースまで帰った。
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